2004年4月16日

オーロラの夜

4月16日のナルサスアックの空は、実に表情豊かだった。

朝起きると、厚い雲がかかっていたが、日差しを感じられたので、洗濯機を回した。 洗濯が終わるのを待ちながら、テーブルで作業をはじめた。ふと外を見ると、いきなり横なぐりのブリザードが吹いている。 その勢いは、みるみる強くなり、3メートル先が見えないほどになった。

ナルサスアックでも、この荒れようなのだから、氷床の二人はどうしているだろうと、さすがに心配になった。 前の日に、マドリードのRamon Larramendi(ラモン・ララメンディ)から、いつでも電話してくれ、 というEメールの返事をもらっていたので、さっそく連絡を取ってみた。 ラモンは、二度、スキーセールで氷床縦断を経験したことがあるスペイン人の冒険家だ。 ラモンの縦断は、ナルサック−ヌークのルートと、ナルサック−カナックのルートで、 今回二人が行くルートと同じというわけではないが、風向きや雪の状態など、きっと参考になるはずだと、 ジャッキーが紹介してくれたのだ。

ラモンによると、北緯63度までは厳しい行程が続いたが、それ以降は風が南西、南東から吹くようになり、 さらに北緯69度以北は、常に追い風、南風が吹いていたという。また、5月になれば、天候も安定し 雪も風も「ベリー・グット・コンディション」になるらしい。 また雪が深い北部では、気温が下がり地盤が固くしまる夜に行動した(白夜なので可能)ことなど、 貴重なアドバイスをたくさんもらった。3日後にグリーンランドのカナックに、ちょっと犬ぞりしにいくんだ、と言っていた。

午後2時頃、ブリザードは突然止み、太陽が輝いた。 さっきまでのホワイト・アウトの世界が嘘のようだ。 太陽が雪原の粉雪をキラキラを照らしている。


ブリザードが去った後、太陽が雪原を照らした。

ブリザードが止むと、雪の上に風紋(ふうもん)が残った。 同じ模様は、一つとしてない。 波のような曲線の奏でる(かなでる)光と影の、自然のアート作品が、あちこちにできあがっていた。


風が描いた自然のアート。

夜8時過ぎ、山の向こうに太陽が沈み、雲が茜(あかね)色に染まる夕焼けが訪れた。

おなかをすかせてユースに戻ると、台所からいい匂いがしている。大場さんと長谷さんが出発し、一人になってからは、 ジャッキーとビアギッテとたびたび夕食を共にしている。今日のメニューはクジラのステーキ。 「日本でも、クジラを食べる習慣はあるけど、私は食べたことがない」と言ったら、ジャッキーが、 前に漁師からたくさん買っておいたのがあるから、ぜひ挑戦してみなさいといって、フランス仕込みの料理の腕をふるってくれた。


茜(あかね)色に染まった夜空。

オリーブオイルでジュウジュウ焼き、フランス風ヴィシーソースをかけ、 バターで炒めたタマネギとゆでたジャガイモをつけあわせにしたクジラ肉は、 魚よりはコクがあり、牛よりは淡泊で、赤ワインに、とてもよく合った。


クジラ肉のステーキ。香ばしい匂いと、ジュウジュウ焼ける音が食欲をそそる。

夕焼けから夕闇に変わる空を眺めて、きっと今夜は『ノーザン・ライツ(オーロラ)』がやってくるよ、とジャッキーが言った。 外は晴れていても、風が強かったので、「こんな風の日でも見られるの?オーロラは、 風で吹き飛ばされてしまわないの?」と聞くと(とぼけたことを言ってしまった・・・)、 『ノーザン・ライツ』は、もっともっと高いところ、100キロメートル以上の空のかなたで起こっている光の現象だから、 地上に吹く風なんて関係ないんだよ、と教えられた。

オーロラ(aurora)とはラテン語で、曙(あけぼの)の女神の名前に由来している。 グリーンランド語では、arsarnerit(アッサンナリットッゥ。セイウチの頭でフットボールをするという意味)という。 英語では、北極圏で見られるのはノーザン・ライツ(the Northan Lights)、南極から見えるのは、 サザン・ライツ(the Southern Lights)と呼ぶらしい。

空は夕闇から、だんだん濃いむらさき、そしてブルーに変わり、星が瞬き(またたき)はじめた。 うっすらと雲がかかっていたので、ほんとうにオーロラが見られるのかと、いてもたってもいられない思いで、夜が更けるのを待った。 何度も、何度も、窓から夜空をのぞきこんだ。

10時半ごろベランダにでると、星空にかかる橋のように、うっすらと光の帯が、大きく空に現れていた。 毛糸の帽子をかぶり、しっかり厚着をして、急いでカメラと三脚をもって、港の方に走った。 オーロラが見えたら、写真を撮りに行こうと、アーネと約束していたのだ。

雪の地面に三脚を立て、カメラをセットし、長時間露光(ろこう)に設定する。絞り数値と、シャッターボタンを押す時間は、 何パターンか試して、最適な数値を見つけた。 1, 2,3,4,・・・何か言葉をしゃべったら、オーロラが消えてしまいそうな気がして、静かに心の中で、数を数えた。 写ってくれるようにと、ひたすら祈りながら、シャッター・ボタンを押さえた。


水辺線から現れた小さなオーロラ。


大きな光のカーテンが天空に現れた。

数十秒、シャッター・ボタンを押してる間にも、オーロラは揺らめき、形を変えた。夜空中、あちらから、こちらから、 いくつものオーロラがあらわれた。まるで、ダンスする女性のドレスの裾がひらひらとゆれるように、光が波のように動いていた。


刻一刻と形を変えるオーロラ。

    


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