宮下典子隊員の日誌

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2008年3月7日

箸ピーで文化交流

朝11時、約束していた時間に学校を訪ねる。レゾリュートベイの人口は約200人。そのうち70数名がこの学校に通っている。6歳以下の幼児をのぞいてこの数だから、ヌナブト準州の平均年齢が24歳だというのも、なるほど納得の数字ではある。

8人いる5年生の教室で自己紹介をすると、次から次へと思いもかけない質問が飛んでくる。名前に興味があるのか、兄弟の名前や友達の名前までもたずねてくる。一人の女の子が、「お母さんの英語の名前は何ですか?」と聞いてきた。思わず「えっ?」と聞き返した。「母親の名前は香代子で、日本人なので、それが彼女の名前です」と答えると、一同、きょとんとしている。みんなは英語の名前を持っているのかと聞くと、英語の名前とイヌクティティット(イヌイット語)の名前があり、他にも家族や親戚、縁のある人から受けついでいる名前もあるという。みんな、姓以外で、3つくらい名前を持っているという。


新しいことに出会うと、質問が止まらない5年生

外務省北米第一課からお借りした、8分間の日本を紹介するDVD「Hello Japan」を見てもらうと、日本の子供たちが体育の時間に器用に一輪車に乗る様子に歓声があがったり、給食の場面で、給食当番がマスクをしているのを不思議がったりした。新幹線が走る様子には、これって映画じゃないの?という質問もあった。日本語のミニレッスンのコーナーでは、「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」のあいさつを、声に出して言ってみた。


箸ピーに真剣

お土産に、国際箸学会から提供されたお箸を一膳ずつプレゼントすると、これまた大騒ぎになった。すぐに使いこなせるようになる子、つい下の方を握ってしまい苦戦する子、箸と箸の間に指をはさむ技ができない子、8人が一生懸命、からつきピーナッツをつかってはさむ練習をしている。練習の成果を試すために、国際箸学会考案の「箸ピー」(はし+ピーナッツの略)というゲームをやってみることにする。まず8人を4人ずつの2チームに分けて、テーブルをはさんで向かい合う形にし、各チームは横一列にならぶ。全員の前に紙皿をおく。そして端かのお皿からお皿へとピーナッツをリレーして移していく。限られた時間の中で、どちらのチームがどれだけ多くのピーナッツを最後のお皿に運べるかを競うゲームだ。非常に単純なゲームながら、やってみればわかるけれど、かなり盛り上がる。残り十秒のカウントダウンに入ると、箸を動かすスピードがいっそうすばやくなる。結果は19対23の、なかなかの接戦に終わった。教室を出るとき、「コヤナミック」(ありがとうという意味)とお礼を言うと、さっきのDVDのレッスンで覚えたばかりの「ありがとう」で答えてくれた。

地球温暖化

朝は、2メートル先も見えないようなブリザードだったのが、夕方にはすっきり晴れ上がって、虹があらわれた。はじめは海から空に向かって垂直に二本の虹の柱がのびているのかと思っていたら、それは太陽のまわりをぐるり囲む虹の両端だとわかった。


ブリザードの後の虹

気象士のウェインが、仕事場のウェザーステーションで、インターネットで衛星写真を呼び出し、天気を読む方法、風向きを調べる方法をていねいに忍耐強く教えてくれた。低気圧、高気圧の中で風が起こる仕組みなどを、汗をかきながら必死で覚えていると、学校で勉強したことでしょ、先生の話、聞いてなかったの?と痛いところをつかれた。「理科はあまり得意ではなくて…どちらかというと、国語や文学の方が好きだったから…」と小さな声で答えると、ウェインは、「おお、ロマンスですね! ロマンス! いいですね。科学をずっとやっているとデータのことで頭がいっぱいになることがあるから、私もそんなときはロマンスを読んで、気分転換をします」と言った。


ウェイン

日本からレゾリュートのウェインに電話をかけると、いつも「ハーイ、モシモシ、ノリコサン!オゲンキデスカ?」と、いつも明るく楽しい、ややフランス訛りのある独特の英語の声が聞かせてくれた。実際会ってみたら、大きな体にキラキラした澄んだ瞳をした、本当に少年がそのまま大きくなったような人だった。それが、気象や地球温暖化の話題となると、その顔つきはとたん鋭くなり、彼がどんなに気候変動の問題に真剣に取り組んでいるのかが伝わってくる。

地球温暖化は単純に説明のできる問題ではない、とウェインも言う。「今年は平年より気温が上がっている地域もあれば、例えば中国の一部のように非常に寒くなっているところもある。でもここ極地は、世界平均が1度上がるときに、3度上がる。それでも、起こっている変化を感じにくい。マイナス40度がマイナス30度になっても、やはり寒いのは変わりないから。でも、気をつけていれば目に見えるかたちでわかる。氷が張るのが遅くなったり、氷が解けるのが早くなったりしている。人々は、さしせまって困っていないと、すぐに対策をたてようとしない。でも、本当に困ったときに始めても、そのときはもう手遅れなのです」


火の玉のようにも見える太陽

日没は、ウェインと一緒に見た。太陽はまるで海に落ちていく線香花火ようで、それがだんだん沈んでいくにつれて、上の方が丸ではなく、台形型つぶれていく。やがて沈む直前の夕日は水平線上に長く延びた一本の線になったあと、すーっと海にすいこまれるように消えていった。「これは気温の低さによって起こる現象。でも、昔はもっと横に長く伸びていたし、時間も長く続いて、すばらしい線が見られていたんだよ。」そう言うウェインの口元のヒゲは、いつの間にか、吐く息で白く凍っていた。

宮下 典子

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