宮下典子隊員の日誌

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2008年3月10日

ウーマン・パワー

ヌナブトに来て、女性のハンターが多いことに驚いている。伝統的には、狩は男性の仕事だったが、1960年代の厳しい時期から、女性も狩に参加するようになったという。時には男性より勇敢で我慢強い女性の中には、名ハンターも多いらしい。レゾリュート・ベイもグリスフィヨルドも、HTO(猟師・罠猟師組合:Hunters and Trappers Organization)の代表者は女性だった。

ミーカは、一人でハンティングに行ける力がある女性ハンター。一人で行けるのか、行けないのかは天と地ほどの差がある。一人で行くには、すべてのことがわかっていなければならない。さもなければ、獲物が獲れないばかりか、自らの命を落とすこともあり得るからだ。ハキハキとしていて面倒見がいい人で、最初に会った時から、私はパーカーのかぶり方が、ぜんぜんなっていないと直された。「しっかりふかくかぶらないと寒いでしょう!そんなかぶり方をしていたら、怠け者だと思われるか、ものごとのわかってない子だと思われちゃうわよ!」


左が妹のティーバイ、右が姉のミーカ。とてもよく似ている。

たくさんの写真を見せてくれながら、夏のグリスフィヨルドの様子を、おもしろおかしく語ってくれる。ボートのすぐ近くを泳ぐシロクマ、息子が始めて鳥を仕留めたときの様子、ミーカを母親だと思ってなついた小さなひな鳥のこと。なんどみても感動する景色だし、写真を撮るのが大好きだから、すごくいい風景を見つけるたびに観光客みたいにボートを止めてくれるように頼んで、一緒に行く家族に辟易されるのだという。

イヌクティトゥットの教師であり、グリスフィヨルドの市長代理でもあるミーカは、ちょうど旧世代と新しい世代のハザマにいるようだ。ミーカの祖母はイヌクティトゥットだけを話し、イヌイットの食物しか食べなかった(コーラだけは大好きでよく飲んでいたという)。母親は、伝統の知恵や技術を受け継ぎながらも、テレビを見たり、パンを焼いたりするようになった。ミーカの一番上の姉は、英語を話すようになった。そしてミーカは、ハンティングをし、伝統的な衣装を作ることもでき、イヌイットの食事も好んで食べる一方で、新しい文化にも親しんでいる。28歳の長女は、コンピューターを自由自在に使いこなし、パンやお菓子を焼き、釣りやキャンプも楽しんでいる。19歳の娘になると、オンラインチャットや電話が大好きで、おしゃれにも興味があり、機会があればハンティングにも行く。7歳の孫は、英語を読むことが得意で、調べたいことがあれば、インターネットで何でも探してしまう、とのこと。白人から伝わった大きな要素が、規律の精神(Discipline)と、食生活だという。


アマウティ(Amaut)を着て、姪の面倒をみるミーカの娘のリサ(Lisa)

変化する時代の中で、それでもイヌイットの伝統を守っていくことには、いったいどんな意味があるのか、ミーカにたずねてみた。

去年、アジサシのヒナが9月に生まれたのを見ました。普通は7月に生まれて、飛び方を覚えてから南にいく渡り鳥なのに、9月に生まれたら飛び方を覚える前に、寒さで死んでしまう。環境はこれからどう変わるかわからない。動物も人間も、変化する環境に適応できなければ死んでしまう。だからいつも準備していなくてはいけない。イヌイットは祖先から伝わってきた、この土地で生き延びる技術を失ってはならない。またいつか、アザラシの脂肪のオイルランプで生活するようになる日が、くるかもしれないのだから。


【Ullu】 正しい栄養の取り方を教える図表。描かれている食物が特徴的。一番左のグループから、「強い筋肉をつくる」「強い骨と歯をつくる」「目や肌によく、免疫を高める」「エネルギーになる」
シロイルカ一番左のグループに入っているが、皮はビタミン・ミネラルが豊富なので、本当は緑のグループに入るべきだとミーカが付け加えた。栄養管理、料理の仕方、買い物の仕方は、学校で教える大切なことだという。

宮下 典子

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