宮下典子隊員の日誌

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2008年5月15日

Floe edge へ

イグルーリックはメルビル半島の北東端にある小さな島。イヌイット文化の中心地として知られているイグルーリックだが、文化が豊かである理由は、自然の恵みが豊かだということもある。生活が厳しいと、生きることに精一杯で、文化を醸成する余裕はないからだという。


開いた海の上には濃い雲が漂っている。

スノーモービルで連れ出してくれたテオは53歳で、イグルーリック生まれ。イグルーの中で生まれたそうだ。7歳から14歳まで教会付きの寄宿学校に入れられて、家族から離れ、イヌイットの言葉をしゃべることを禁じられた日々があり、その後両親を早くに亡くしたために、ハンティングの仕方や土地のことは従兄弟たちに習ったという。辛いことは多かったが、イヌイットの生き方を教えてくれる親戚に恵まれた自分は運がいいほうだよと、日焼けした顔に深いしわを刻みながら語った。


floe edge(凍った海と、開いた海の境目)

Floe edge までやってくると、テオの一才違いの従兄弟のジョージが、息子の小さな男の子を連れて追いついてきた。他にもアザラシを獲ったばかりのハンターたちがいて、肉を分け与えてくれた。なべで骨付き肉をゆでて待つ一方で、生肉のままでも食べてみる。氷の上で冷やしながら、ナイフでそいで、一切れ、ふた切れ口に入れる。弾力があってとても美味しいので、もっと食べたいとジョージにねだると、慣れていない人がたくさん食べると下痢になるからほどほどにしておいた方がいいよと忠告された(でも、もう一切れ食べた)。


氷の厚さを確かめる。15センチから20センチ。

テオとジョージの家族は、ポンド・インレットやアークティック・ベイなどバフィン島全体に親戚がいるだけでなく、はるかグリーンランドにも遠い親戚がいるそうだ。テオは去年グリーンランドのカーナークに行って、その親戚に会ったそうだ。しかも、テオは私の友人であるダオラナ夫妻や、シオラパルクに住む大島育雄さんのことも知っていた。世界はとってもせまいね、と二人で笑った。


アザラシの呼吸穴 ここから氷の上に出て呼吸したり、日向ぼっこしたりする

数え切れないほどのシロクマの足跡を見たけれど、とうとうその姿は1頭も見ることができなかった。平らに広がる雪原のどこに隠れているのだろうと思うほど、シロクマはすっかり姿をすっかり隠していた。もっとも、シロクマは昼ゴロゴロすごして、夜にハンティングをするともいうから、スノーモービルで行ったりきたりする私たちを、寝そべりながら横目で眺めていたのかもしれない。


シロクマの母と子の足跡。シロクマの子は双子が多いが、この親子は一人っ子。母クマの足跡が小さいことからまだ若い母親だとわかった。ハンティングに熟練していないので、一人を失ったのだろうとテオは言った。

シロクマは人間のように、一頭一頭性格も違えば、ハンティングの仕方も様々だそうだ。シャイなのもいれば、好奇心旺盛なものもいる。狩の方法は母親から教わるから、その家系に伝わる技術のようなものがあるらしい。そして若いシロクマはまだ上手ではなく、経験によって技が磨かれていくというのは、どこの世界も同じだなと思った。


スノーモービルでそりを引いていく。

ジョージに「シロクマに会いたい!」と言ったら、こうたしなめられた。
「そう言うと、本当にあるとき突然目の前にシロクマが現れてしまうよ。シロクマは遠くに見つけて、だんだんと近づいていくのがいいんだ。出会うべきときに、ちゃんと出会うようになっているんだ」
私の「そのとき」は、どうやらまだ来ていないようだ。


とれたてのアザラシを海水でゆでて食べる。ジョージが使っているストーブはおじいさんから譲り受けたもので、60年もの。アザラシの肉は身体を温め、寒さから守ってくれる。

カリブーの皮のパンツとパーカーを着たジョージの息子、6歳のジュノ。

宮下 典子

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